社会的雑記
June 18, 2008
エコ替え?1
「エコ替え」っていうトヨタのCMを見ました。
「まだ使えるけど省エネの方に替えよう」
「まだ乗れるけど低燃費の方に替えよう」
という内容。
どうですか?
エコロジーの根本をひっくり返すひどいCM
最近ボロが目に付くエコロジーと経済の関係性。
例えばリサイクル商品。
ごみを再利用するわけですから、資源を大切にしてますよね。
でも、その製造過程で新たに加えられるエネルギーの量がどのくらいなのか という問題はどうなんでしょう。普通に商品をつくるよりもたくさんのエネルギーがリサイクル商品に使われていたら・・・。
建築と建築家と設計事務所と住宅と横浜と家族と・・・
シキナミカズヤ建築研究所
「まだ使えるけど省エネの方に替えよう」
「まだ乗れるけど低燃費の方に替えよう」
という内容。
どうですか?
エコロジーの根本をひっくり返すひどいCM
最近ボロが目に付くエコロジーと経済の関係性。
例えばリサイクル商品。
ごみを再利用するわけですから、資源を大切にしてますよね。
でも、その製造過程で新たに加えられるエネルギーの量がどのくらいなのか という問題はどうなんでしょう。普通に商品をつくるよりもたくさんのエネルギーがリサイクル商品に使われていたら・・・。
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June 17, 2008
久寿餅
月に一度定例の勉強会をしています。メンバーが持ち回りで皆に講義をするという形式。普段見慣れない業界の話を聞けると共に、メンバーの様々な側面を探ってより親密になれるという一石二鳥な企画です。
今回の担当はくず餅屋の若旦那、チンタロウくん。
工場見学をさせていただきました。
工場見学という響きはおそらく小学生以来でしょう。
なんだか終始ウキウキしたかんじでした。
築40数年だという工場内は想像以上に清潔で機械もピカピカ。
やはり食品を扱う工場というのはここまでやるのか と感心しました。
さて、お題にもある「久寿餅」という漢字。
通常くずもちといえば「葛餅」と書くでしょう。PCの変換でもこちらしかでてきません。
その秘密についてチンタロウくんが丁寧に解説してくれました。
そもそも京都のお菓子である葛餅は、クズ という植物の根から取り出したでんぷんで作られているのだそうです。
それが関東地方にも広がっていったのだそうですが、
江戸時代のある時、久右衛という小麦蔵の管理人が、小麦粉を腐らせてしまったのだそうです。それを放置していたある時、江戸に飢餓が襲い人々は飢えに苦しむことになってしまいました。そこで、腐っててもしょうがないだろうということで、この小麦を水に溶かして練ると・・・。
なんと、あの葛餅そっくりの食感ではないですか!
ということで、関東のくず餅というのは小麦を2年ほど放置して醗酵させた粉を練って作るものが主流なのだそうです。
そんで、同じくず餅でも久右衛の名前にあやかって「久寿餅」と書くのだそうです。
こういう当て字の上手さや発想は日本人が言葉遊びが大変上手だというのがよくわかりますよね。
こういう言葉の奥深さが言語の難しさに繋がっているのでしょう。
外国人はもちろん、同じ日本人でも若い人はなかなか上手に扱えないほどの難易度なんです。きっと。
「最近の若者は言葉遣いがなっとらん!」というグチは大昔からずーっと続いてますからね。
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June 02, 2008
音の無駄と空間の無駄の関係1
唐突ですが、生音が好きです。
生音とは、生の音ということで、機械の音ではないということです。
もちろん電子音より生の楽器から出る音が好きだし、CDよりライブが好きだし、CDであってもきっちり録音されたものよりスタジオ一発録りみたいなルーズな録音のものが好きです。
んで、もちろん無意識にそういう音を好んで今まで来たわけなんですが、昨日ふとその原因に気づきました。
僕が好きなのは、音そのものよりも、音と音の間に感じる余韻なんです。
ギターでいうと弦の上で指を滑らせている感じであったり、
声でいうと息を吸い込むときの感じだったりという部分。
いい演奏を聴いているときは、そういう余韻が重なり合ってウォ〜ンウォ〜ンと頭の中でうねりまくる。いわゆるグルーブというやつです。
これって、音と音の間で、音にはなってないけど空気を震わせている感じとか、皆が息を合わせている感じとか、若干のテンポの乱れとか、感情の起伏とか、そういう部分が重なってできる現象なのだと思います。
つまり、デジタル化の流れ、録音技術の発達、音源データの圧縮などの技術にとっては、まったくもって無駄なもの。まず一番に省いていく要素です。どんなに演奏が上手くても、雑音を省いて綺麗に録音されたものには全然魅力がないんです。
あ、これは、建築における空間のゆとりと同じだな と思いました。
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生音とは、生の音ということで、機械の音ではないということです。
もちろん電子音より生の楽器から出る音が好きだし、CDよりライブが好きだし、CDであってもきっちり録音されたものよりスタジオ一発録りみたいなルーズな録音のものが好きです。
んで、もちろん無意識にそういう音を好んで今まで来たわけなんですが、昨日ふとその原因に気づきました。
僕が好きなのは、音そのものよりも、音と音の間に感じる余韻なんです。
ギターでいうと弦の上で指を滑らせている感じであったり、
声でいうと息を吸い込むときの感じだったりという部分。
いい演奏を聴いているときは、そういう余韻が重なり合ってウォ〜ンウォ〜ンと頭の中でうねりまくる。いわゆるグルーブというやつです。
これって、音と音の間で、音にはなってないけど空気を震わせている感じとか、皆が息を合わせている感じとか、若干のテンポの乱れとか、感情の起伏とか、そういう部分が重なってできる現象なのだと思います。
つまり、デジタル化の流れ、録音技術の発達、音源データの圧縮などの技術にとっては、まったくもって無駄なもの。まず一番に省いていく要素です。どんなに演奏が上手くても、雑音を省いて綺麗に録音されたものには全然魅力がないんです。
あ、これは、建築における空間のゆとりと同じだな と思いました。
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May 23, 2008
失敗は振り出しに戻るのか
なにかにチャレンジする。答えを求めて調べる。
そして失敗する。間違える。
それは振り出しに戻ってしまうということ。もう一度同じ事をしなければならないからだ。しかし、ほんとうにそうなのだろうか。
そこに見えてくるのは 「無」 かどうか。
失敗、間違えは 「無」 ではない。
経験が備わるから。
次にチャレンジするときに、前回の失敗が活かされる。経験から新しい発想が出てくる。
そう。
「無」 以外はすべて自分の糧になるのだ。
だから、
「なにもやらない」
が、一番の悪である。
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そして失敗する。間違える。
それは振り出しに戻ってしまうということ。もう一度同じ事をしなければならないからだ。しかし、ほんとうにそうなのだろうか。
そこに見えてくるのは 「無」 かどうか。
失敗、間違えは 「無」 ではない。
経験が備わるから。
次にチャレンジするときに、前回の失敗が活かされる。経験から新しい発想が出てくる。
そう。
「無」 以外はすべて自分の糧になるのだ。
だから、
「なにもやらない」
が、一番の悪である。
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May 22, 2008
独創ってなんだ?6
これは、スポーツでよくある現象ですが、例えば基本的なプレーがあまりできない選手が、思いもよらないような発想でプレーしたとします。
そこで、「基本ができてないのに色気づくんじゃねーよ!」と叱られることってよくありますよね。そして、それが続いていくと基本が出来上がったときには発想力がなくなってしまっていて、型にはまった中途半端なプレーヤーになってしまう。
これは、その発想を褒めてあげて、そのプレーの成功率を高くするためにはこういう基本技術が必要なんだよ という指導をすれば、さっきよりは格段にいい結果になるでしょう。
しかし、これは僕自身にも当てはまるんですが、僕の好きなプレーと嫌いなプレーがあるんで、そこを訳隔てなく指導してやれるかどうかというのは難しいところです。
それを許容することでチームが負ける事だって大いにありえるわけですから。
おそらく自分のチームに対するスタンス、それをしっかり持たなきゃならんわけですね。
その場その場の感情で右往左往してしまいがちですから。
あ、そうか。
その感情の右往左往を自分でいかにコントロールできるかが、独創に繋がっていくのかな、もしかして。
いや、でもどーかなー。
難しいな やっぱり。
皆さんの意見求む です。
建築と建築家と設計事務所と住宅と横浜と家族と・・・
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そこで、「基本ができてないのに色気づくんじゃねーよ!」と叱られることってよくありますよね。そして、それが続いていくと基本が出来上がったときには発想力がなくなってしまっていて、型にはまった中途半端なプレーヤーになってしまう。
これは、その発想を褒めてあげて、そのプレーの成功率を高くするためにはこういう基本技術が必要なんだよ という指導をすれば、さっきよりは格段にいい結果になるでしょう。
しかし、これは僕自身にも当てはまるんですが、僕の好きなプレーと嫌いなプレーがあるんで、そこを訳隔てなく指導してやれるかどうかというのは難しいところです。
それを許容することでチームが負ける事だって大いにありえるわけですから。
おそらく自分のチームに対するスタンス、それをしっかり持たなきゃならんわけですね。
その場その場の感情で右往左往してしまいがちですから。
あ、そうか。
その感情の右往左往を自分でいかにコントロールできるかが、独創に繋がっていくのかな、もしかして。
いや、でもどーかなー。
難しいな やっぱり。
皆さんの意見求む です。
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May 21, 2008
独創ってなんだ?5
その昔、千利休が「守破離」という言葉を残しているらしい。
まず基準を守ること。そして最後に壊してみて、離してみる。それが独創だ ということらしい。
住宅で言うと、住宅として必要とされている項目はまずしっかりやる。その上でそれを壊して、常識から離していくと独創的になるということでしょう。
やっぱりまずは遵守するということなのだろうか。
先ほどまでの話とはちょっと外れて、独創で社会に認められるという前提での話です。現実的に自分自身が考える独創も「社会に認めさせる独創」です。
そのためには、まずは従うことから始まる・・・と。
でも、発想はきっと逆の論理でしょう。
常識からはまったく外れた事について 思いつく。そして、それを世間に理解させるために基本や常識を学び、思いついたことを成り立たせる材料にする。
つまり、順序は関係ないということ。
建築と建築家と設計事務所と住宅と横浜と家族と・・・
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まず基準を守ること。そして最後に壊してみて、離してみる。それが独創だ ということらしい。
住宅で言うと、住宅として必要とされている項目はまずしっかりやる。その上でそれを壊して、常識から離していくと独創的になるということでしょう。
やっぱりまずは遵守するということなのだろうか。
先ほどまでの話とはちょっと外れて、独創で社会に認められるという前提での話です。現実的に自分自身が考える独創も「社会に認めさせる独創」です。
そのためには、まずは従うことから始まる・・・と。
でも、発想はきっと逆の論理でしょう。
常識からはまったく外れた事について 思いつく。そして、それを世間に理解させるために基本や常識を学び、思いついたことを成り立たせる材料にする。
つまり、順序は関係ないということ。
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May 20, 2008
独創ってなんだ?4
教育の議論などで「個性を尊重しよう!」と簡単に言われているけれども、そこにはすべての方向での個性に対しては言われていないんです。
本当に個性を尊重するのならば、自分の気に入らないことを考えている人間に対しても許容しなければならないわけで、多分僕にはできないことです。
僕は、自分に都合のよい方向での個性しか尊重できないし、自分の都合は自分の得た知識と経験からしかでてこない。
僕はなにを言いたいのかというと、
新しいスタンダードは、現在の独創から生まれる。だから、独創を育むことが次の時代へ進むべきことである。しかし、全ての方向での独創を許容することができるのだろうか。さらには、短い時間で結果を求められる状態で独創は育まれるのだろうか。
全ての方向ということは、その中には現在の社会をぶっ壊してしまうような、反社会的なものもあるかもしれない。しかしそれがある時期を境に社会にとってすばらしいものに変わるかもしれない。
じゃあそもそも社会的によいものとはなんなんだ。
そう考えて訳がわからなくなってしまってしまった・・・。
建築と建築家と設計事務所と住宅と横浜と家族と・・・
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本当に個性を尊重するのならば、自分の気に入らないことを考えている人間に対しても許容しなければならないわけで、多分僕にはできないことです。
僕は、自分に都合のよい方向での個性しか尊重できないし、自分の都合は自分の得た知識と経験からしかでてこない。
僕はなにを言いたいのかというと、
新しいスタンダードは、現在の独創から生まれる。だから、独創を育むことが次の時代へ進むべきことである。しかし、全ての方向での独創を許容することができるのだろうか。さらには、短い時間で結果を求められる状態で独創は育まれるのだろうか。
全ての方向ということは、その中には現在の社会をぶっ壊してしまうような、反社会的なものもあるかもしれない。しかしそれがある時期を境に社会にとってすばらしいものに変わるかもしれない。
じゃあそもそも社会的によいものとはなんなんだ。
そう考えて訳がわからなくなってしまってしまった・・・。
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May 19, 2008
独創ってなんだ?3
独創が認められるかはじかれるかは、すべては「社会生活」という前提があって決められることであって、しかも時間が短かったり長かったりします。独創と一言でいっても、すぐに社会に認められるもの、今の社会では笑い飛ばされるが後の社会では認められるもの、逆に過去の社会では認められるが現在の社会では許されないもの、・・・。
そういうもの全てが独創であって、なんか善の雰囲気が濃いものだけが独創 と認識されることはおかしいなと思うんです。悪であると判断されるものだって、それは同じ独創なんです。
そして、その判断は社会に認められるかどうかという部分と、それを人間レベルに落とし込めば、好きか嫌いかという判断で見られるわけです。
だから、個性についての論議があると、そこに好き嫌いでの判断がでてきて結局1方向だけの個性が個性とみなされて、それ以外の方向への個性は認められん!となっちゃうわけなんです。
そのへんが独創や個性に対する認識として、僕が違和感をもっている部分です。
建築と建築家と設計事務所と住宅と横浜と家族と・・・
シキナミカズヤ建築研究所
そういうもの全てが独創であって、なんか善の雰囲気が濃いものだけが独創 と認識されることはおかしいなと思うんです。悪であると判断されるものだって、それは同じ独創なんです。
そして、その判断は社会に認められるかどうかという部分と、それを人間レベルに落とし込めば、好きか嫌いかという判断で見られるわけです。
だから、個性についての論議があると、そこに好き嫌いでの判断がでてきて結局1方向だけの個性が個性とみなされて、それ以外の方向への個性は認められん!となっちゃうわけなんです。
そのへんが独創や個性に対する認識として、僕が違和感をもっている部分です。
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May 16, 2008
独創ってなんだ?2
自分の中でたどり着くひとつの思考とは、自分の中では色々な他の思考や情報や事実を整理しているにすぎない。だから、自分の考えは自分では独創的だなんてけして思えない。
だけど、他人から見たらそれは独創的である。他人から見たら独創的だから、それは相手には理解されていない。それを理解させようとして説明する。上手く説明しようと思うと、たくさんの他の思考と比較して話そうとする。
だから自分の中ではもっともっと整理しているにすぎないという感情になる。そして、他人に理解させることができたとき、その独創性は独創ではなくなってしまう。
例えは、近代建築の父と呼ばれるコルビジェという建築家がいる。彼が提案した思考は、現在でもスタンダードとして認識されている。
しかし、当時彼が思考している頃は、彼は異端であっただろう。他の誰もが考えないことをやっているのだから。
だけど、それが社会に認められると、今度はスタンダードとして取り扱われるようになる。その考えがすばらしい。当たり前だ!と。
逆に社会に理解をされないと、それは犯罪者になってしまうこともある。ガリレオなんてのは有名な例でしょうか。
建築と建築家と設計事務所と住宅と横浜と家族と・・・
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だけど、他人から見たらそれは独創的である。他人から見たら独創的だから、それは相手には理解されていない。それを理解させようとして説明する。上手く説明しようと思うと、たくさんの他の思考と比較して話そうとする。
だから自分の中ではもっともっと整理しているにすぎないという感情になる。そして、他人に理解させることができたとき、その独創性は独創ではなくなってしまう。
例えは、近代建築の父と呼ばれるコルビジェという建築家がいる。彼が提案した思考は、現在でもスタンダードとして認識されている。
しかし、当時彼が思考している頃は、彼は異端であっただろう。他の誰もが考えないことをやっているのだから。
だけど、それが社会に認められると、今度はスタンダードとして取り扱われるようになる。その考えがすばらしい。当たり前だ!と。
逆に社会に理解をされないと、それは犯罪者になってしまうこともある。ガリレオなんてのは有名な例でしょうか。
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May 15, 2008
独創ってなんだ?1
独創力とは。
誰もが考えもしなかったことを考える力?
辞書で見ると「模倣によらないで、独自の発想でつくりだすこと。またそのもの」の力 ということらしい。
実はこの「独自の発想」ということがなんだかしっくりきてないんです。
独自の発想って自分だけの発想ということですよね?でも、それが自分だけかどうかということは、誰がわかるんでしょうか?もし一人でも同じ考えの人がいたら、それは独創とはいえないのでしょうか?
それは一番最初にやった人が独創で、2番目の人は独創ではないのか?
そもそも自分自身の思考というのは、知識と経験にすぎないと僕は思います。何もないところから突然湧き出すというということはそもそもありえないんじゃないかと思っています。
さまざまな知識と経験を噛み砕いて、一つの考えに至る。そして、その考えを自分以外の人に向けて発信したときに、初めてそれは思考になると。
だから、独自の発想をしたいために勉強する。たくさん知識が身につく。そうしてできた自分の思考というものは、たくさん身についた知識から引き出しているだけで、自分自身の独創とはかけ離れていってしまうのではないかと、不安に思ってしまうんです。そういう心配するというこの考え方でさえ、他人の発言から感じたことですしね。
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誰もが考えもしなかったことを考える力?
辞書で見ると「模倣によらないで、独自の発想でつくりだすこと。またそのもの」の力 ということらしい。
実はこの「独自の発想」ということがなんだかしっくりきてないんです。
独自の発想って自分だけの発想ということですよね?でも、それが自分だけかどうかということは、誰がわかるんでしょうか?もし一人でも同じ考えの人がいたら、それは独創とはいえないのでしょうか?
それは一番最初にやった人が独創で、2番目の人は独創ではないのか?
そもそも自分自身の思考というのは、知識と経験にすぎないと僕は思います。何もないところから突然湧き出すというということはそもそもありえないんじゃないかと思っています。
さまざまな知識と経験を噛み砕いて、一つの考えに至る。そして、その考えを自分以外の人に向けて発信したときに、初めてそれは思考になると。
だから、独自の発想をしたいために勉強する。たくさん知識が身につく。そうしてできた自分の思考というものは、たくさん身についた知識から引き出しているだけで、自分自身の独創とはかけ離れていってしまうのではないかと、不安に思ってしまうんです。そういう心配するというこの考え方でさえ、他人の発言から感じたことですしね。
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