June 30, 2008

大きな人たちがやってきた

8b9d476e.JPG先日、我が家に大きな人々がやってきました。
というのも、妻が勤める世界規模の家具メーカーの本部の人たちが、日本の住宅事情の調査のために家庭訪問にやってきたというわけなんです。

家具のプロから見て我が家はどう写ったのだろうか・・・。


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June 24, 2008

ビフォー

d8cc57e2.jpg恵比寿でリフォームが始まります。
今日はガランドゥーになった家で工務店とお客さんを交えて仕様のチェック。リフォームの場合は、現状を見ながら「ここはこうしよう、あーしよう」みたいな話をしたほうが、早くてよいです。詳細に図面を作りすぎてもしょうがないので。
今回模型でイメージを考え、具現化していく方法をとっています。
これは自分自身もお客さんもイメージがつかみ易いし、スケッチやパースみたいに大げさな空間演出のない正直な空間表現ができます。
恵比寿
明確な間仕切りをせずに、全体を緩やかに繋ぎながら上手く死角を作ってそこをプライベート空間にする という感じの家です。
随時工事レポートを掲載していきますのでよろしくお願いします。

現場レポートはこちら



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June 23, 2008

リニューアルしました。

ホームページをリニューアルしました。

新しいコンテンツも増えましたので、是非皆様ごらんいただいて意見をくださいな。

http://www.shikinami.net

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June 19, 2008

エコ替え?2

例えば省エネ商品
これもリサイクル商品同様、製造にかかるエネルギー消費量は全然議論されない。どうなんでしょうか。
太陽光発電のパネルなんかも、寿命までに発電する量よりもパネルを製造する時のエネルギー量の方が大きければ、これは省エネとは言えないですね。

例えばオール電化
全て電気にすることが省エネだ という感覚を植えつけられてますが、発電にかかるエネルギー量はものすごいはず。

そういえば、先日株式会社ジェネパックスという会社が水の電流から発電するシステムを紹介してました。これはすごそう!水力発電は水の落下エネルギーですが、これは水そのものから発電するもの。是非製作にかかるエネルギー量も提示いただき、生涯発電量との比較をしてほしいですね。そのうえで有用ならば、日本中の発電はそれでいいんじゃないですか?

ものをつくることで経済を成り立たせることができなくなった日本。それはもちろんものが満たされてきたからなわけですが、じゃあこの次はなにで金儲けするか ということで、「壊すこと」「循環すること」に移行しているわけなんです。
本当に消費エネルギーを減らすならば、「つくらない」「使わない」となるわけなんですが、それではお金が儲からない ということになるわけなんですね。

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June 18, 2008

エコ替え?1

「エコ替え」っていうトヨタのCMを見ました。

「まだ使えるけど省エネの方に替えよう」
「まだ乗れるけど低燃費の方に替えよう」

という内容。

どうですか?

エコロジーの根本をひっくり返すひどいCM


最近ボロが目に付くエコロジーと経済の関係性。
例えばリサイクル商品。
ごみを再利用するわけですから、資源を大切にしてますよね。
でも、その製造過程で新たに加えられるエネルギーの量がどのくらいなのか という問題はどうなんでしょう。普通に商品をつくるよりもたくさんのエネルギーがリサイクル商品に使われていたら・・・。




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June 17, 2008

久寿餅

5e8294d9.JPG以前から何度か登場している異業種交流会のお話。

月に一度定例の勉強会をしています。メンバーが持ち回りで皆に講義をするという形式。普段見慣れない業界の話を聞けると共に、メンバーの様々な側面を探ってより親密になれるという一石二鳥な企画です。

今回の担当はくず餅屋の若旦那、チンタロウくん。
工場見学をさせていただきました。
工場見学という響きはおそらく小学生以来でしょう。
なんだか終始ウキウキしたかんじでした。

築40数年だという工場内は想像以上に清潔で機械もピカピカ。
やはり食品を扱う工場というのはここまでやるのか と感心しました。

さて、お題にもある「久寿餅」という漢字。
通常くずもちといえば「葛餅」と書くでしょう。PCの変換でもこちらしかでてきません。
その秘密についてチンタロウくんが丁寧に解説してくれました。

そもそも京都のお菓子である葛餅は、クズ という植物の根から取り出したでんぷんで作られているのだそうです。
それが関東地方にも広がっていったのだそうですが、
江戸時代のある時、久右衛という小麦蔵の管理人が、小麦粉を腐らせてしまったのだそうです。それを放置していたある時、江戸に飢餓が襲い人々は飢えに苦しむことになってしまいました。そこで、腐っててもしょうがないだろうということで、この小麦を水に溶かして練ると・・・。
なんと、あの葛餅そっくりの食感ではないですか!

ということで、関東のくず餅というのは小麦を2年ほど放置して醗酵させた粉を練って作るものが主流なのだそうです。
そんで、同じくず餅でも久右衛の名前にあやかって「久寿餅」と書くのだそうです。
こういう当て字の上手さや発想は日本人が言葉遊びが大変上手だというのがよくわかりますよね。
こういう言葉の奥深さが言語の難しさに繋がっているのでしょう。
外国人はもちろん、同じ日本人でも若い人はなかなか上手に扱えないほどの難易度なんです。きっと。

「最近の若者は言葉遣いがなっとらん!」というグチは大昔からずーっと続いてますからね。




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June 16, 2008

中庭にて

nakaniwa息子&姪っ子と中庭でお食事しました。

いい感じのハマリ具合でした。



それだけ。






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June 09, 2008

サポーター

soccer2soccer1














一週間前の話ですが・・・。

日本代表戦+日産スタジアム+当日券発売中=見に行くしかない!

ということで、家族三人で行ってきました。
満員ではないとはいえ、買ったチケットは日本側のゴール裏。
全然席が空いてない・・・。
結局上って上ってたどり着いたのは2階席の一番上。

だけどね、これがよく見えるんですよ。
今まで1階席でしか見たことがなかったんですが、これは2階のほうがよく見えますね。とってもいい感じでした。

試合は皆さんご存知のとおり3-0の快勝!
息子もご覧のとおりいい感じで盛り上がってました。





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June 06, 2008

じちんさい

151dd78f.JPG連日雨の日が続いてますが、
この日だけはピーカンだったんです。
こういうのはなんだか縁起がいいですね。

建築工事における地鎮祭。
最近は省略されることが多いです。
でもね、やらんよりはやったほうがいいんじゃないですかね?
だって、やっぱりいいですよ。
「これから工事をはじめます。よろしくお願いします」という気持ちをしっかりもてる。
すばらしいのはこの工務店。通常地鎮祭には親方と監督くらいしか出席しませんが、ここは手元さんまで含めて職人さんが全員参加する。鳶さんも水道屋さんもきました。そして、例外なく始まる宴会。
この雰囲気は昔の工務店では当たり前のことだったのかもしれませんが、
今のご時世では逆に新鮮です。
親方曰く「自分がやりたいようにやる」ということだそうですが、
こういう雰囲気はお客さんと職人さんが皆仲良しになる。
子供みたいな話だが、やっぱり「仲良しになる」ことと、「誠意を込めて作り上げる」は、比例すると思う。
グローバル化、効率化、などなど、日本全国総ビジネス化が進んでる中、気の知れたあの人のために、精一杯やってやろう という誠意とか親切さのもっとも純粋な部分が、顔の見えない大企業にダントツ勝てる部分でしょう。

Win-Winの関係?
いやいや、お互いの利益とか、そういうものなんか度外視できるような関係をもちましょうよ。
利益効率は悪いけど、気分はいいよ。





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June 05, 2008

MY ARCHITECT

マイ・アーキテクト ルイス・カーンを探して


ドキュメント映画「MY ARCHITECT」を見た。
ルイスカーンの息子ナサニエルカーンが、自分の父親の作品を巡りながら、そこに関わる人々に話を聞くという映画。
ナサニエルはルイスの愛人の息子で、しかも11歳の頃にルイスは死去している。おぼろげにしかわからない父親の側面を、一つ一つ丁寧に訪ねていき、そして父親像に迫っていく。
ルイスカーンの建築観というよりは、生身の人間像に実直に向き合ういい映画だった。
頭の中で描かれたそのイメージを、一寸たりとも妥協せずに実現させる。そのためには時間も財産も家族もなにもかも置き去りにして、ただただ没頭する。当然施主と意見が合わなければ、絶対に妥協はしない。だから、実現しなかった計画が山ほどある。

そういう行動をとりつつも、
「人生なんて 偶然によって決まる。周りの影響がとても大きい」
という発言をしている。

僕は、彼ほどにストイックではない。
建築に対してどれだけ真剣に向き合っているかはわからない。
ただ、僕を頼って、僕に家をつくってもらいたいと思ってくれている人がいて、僕は彼らのために全力で取り組んでいるという現実はある。
彼らとその家族が、ゆったりと腰を落ち着け、お互いのことをゆっくりと話し合ったり、疲れた体と心をじっくりと癒すことができる空間を創造しながら。




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June 04, 2008

音の無駄と空間の無駄の関係3

人間の手でつくられる範囲のものは、必ず完全な均一にはなりません。
ということは、均一ではない ということが人間にとって自然なことなのです。だから、完全なる均一でできたものには違和感を感じてしまうのだと思います。

これは、空間にも言えるのではないでしょうか。
完全なる効率で無駄のない空間というのは、絶対的な違和感が生じるのです。
そこを外して、少しネクタイを緩めたところに、落ち着く空間が見えてくるのではないかと思うんです。

「気持ちを込める」
「魂を感じる」
自分の作る建築にはそれらを目一杯注ぎこみたい。

それが目に見える、耳に聞こえる、肌に感じる
そういうものをいつもつくっていきたい。





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June 03, 2008

音の無駄と空間の無駄の関係2

建築の空間をつくるときに、なるべく無駄な部分をつくりたいと思っています。なんの用途もない無駄な空間だなーと思われるかもしれませんが、実際出来上がると、そういう部分が一番豊かな空間になるわけで、その部分がその建築の顔になるわけなんです。

素材もそうです。
例えば無垢の床材。
無垢の床材は色もまばらだし、膨らんだり反ったりして凸凹になるし、同じ木なのに木目がきつかったり薄かったりして、一つとして同じ木目の板はないわけなんです。
例えば左官材。
いくら熟練した職人さんでもまったくの平滑には塗れないわけです。だから、まったく同じ表情を見せる部分はないわけなんです。

これが生音。ライブ。一発録音。

んで、きっちりデジタル処理された音はというと、
プリントされた床材だったり、工業系のボードやビニールクロス。
木目のいいところだけを使っているのだから、きれーいに見えるだろうと思うんですが、まったく同じ木目が続いていく光景というのは絶対的な違和感があります。ビシーっと平らな壁っていうのもなんか変な感じですし、逆にちょっとしたほころびがあると、ものすごく気になってしまいます。




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June 02, 2008

音の無駄と空間の無駄の関係1

唐突ですが、生音が好きです。

生音とは、生の音ということで、機械の音ではないということです。
もちろん電子音より生の楽器から出る音が好きだし、CDよりライブが好きだし、CDであってもきっちり録音されたものよりスタジオ一発録りみたいなルーズな録音のものが好きです。

んで、もちろん無意識にそういう音を好んで今まで来たわけなんですが、昨日ふとその原因に気づきました。
僕が好きなのは、音そのものよりも、音と音の間に感じる余韻なんです。
ギターでいうと弦の上で指を滑らせている感じであったり、
声でいうと息を吸い込むときの感じだったりという部分。
いい演奏を聴いているときは、そういう余韻が重なり合ってウォ〜ンウォ〜ンと頭の中でうねりまくる。いわゆるグルーブというやつです。

これって、音と音の間で、音にはなってないけど空気を震わせている感じとか、皆が息を合わせている感じとか、若干のテンポの乱れとか、感情の起伏とか、そういう部分が重なってできる現象なのだと思います。

つまり、デジタル化の流れ、録音技術の発達、音源データの圧縮などの技術にとっては、まったくもって無駄なもの。まず一番に省いていく要素です。どんなに演奏が上手くても、雑音を省いて綺麗に録音されたものには全然魅力がないんです。

あ、これは、建築における空間のゆとりと同じだな と思いました。




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May 29, 2008

BAUHAUS展

f7f5e481.JPG藝大美術館で行われているBAUHAUS展に行ってきました。

BAUHAUS バウハウス
建築やデザインを志していない人でも一度くらいは聞いたことがある名前でしょう。戦前ドイツに生まれたデザイン学校の名前で、ナチスの影響ですぐになくなってしまいましたが「合理主義」や「機能主義」という、戦後の建築や工業デザイン、経済や社会全体に浸透していった主義をまじめに考えていた学校です。グロピウスが設計した校舎に刻まれているBAUHAUSのフォントが一番有名でしょうか。
展示してあるものをみると、例えばカーテン生地に使うチェックの柄のバランスを研究していたり、投影によってできる影を研究していたり、紙を切り込んでできる形状を研究していたり、もちろん家具などの作品もあったのですが、芸術が工業に入り込んでいく過程を論理的に探っている感じでした。
だからこそ感じる「堅苦しさ」も大いにあるんですけど・・・。

自分のつくる建築へのアプローチと比較して思うのは、
今自分が取り組んでいるのは合理性を超えたところに生まれる「豊かさ」や、機能性を超えた「不変性」。

ただ、まだ着地点は見えてません・・・。




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May 26, 2008

祝!出版

少し前の話なのですが、横浜市の芸術プラグラムBankART1929というところで行われた研究会の内容をまとめた書籍が発売されました。
僕はイチ研究員として、横浜のこれからの街のあり方を模索しました。
そして、この書籍作成に当たり、編集を担当しました。
当初は勉強会としてのノリでスタートしたんですが、よい成果が出たために、今年から本格的な活動をスタートさせることになりました。
僕らが考えた街の未来像が実現したら、これはおもしろいっすよー。

興味のあるかたは是非買ってみてください。

未来社会の設計




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May 23, 2008

失敗は振り出しに戻るのか

なにかにチャレンジする。答えを求めて調べる。

そして失敗する。間違える。

それは振り出しに戻ってしまうということ。もう一度同じ事をしなければならないからだ。しかし、ほんとうにそうなのだろうか。

そこに見えてくるのは 「無」 かどうか。

失敗、間違えは 「無」 ではない。
経験が備わるから。
次にチャレンジするときに、前回の失敗が活かされる。経験から新しい発想が出てくる。

そう。
「無」 以外はすべて自分の糧になるのだ。


だから、
「なにもやらない」
が、一番の悪である。




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May 22, 2008

独創ってなんだ?6

これは、スポーツでよくある現象ですが、例えば基本的なプレーがあまりできない選手が、思いもよらないような発想でプレーしたとします。
そこで、「基本ができてないのに色気づくんじゃねーよ!」と叱られることってよくありますよね。そして、それが続いていくと基本が出来上がったときには発想力がなくなってしまっていて、型にはまった中途半端なプレーヤーになってしまう。
これは、その発想を褒めてあげて、そのプレーの成功率を高くするためにはこういう基本技術が必要なんだよ という指導をすれば、さっきよりは格段にいい結果になるでしょう。
しかし、これは僕自身にも当てはまるんですが、僕の好きなプレーと嫌いなプレーがあるんで、そこを訳隔てなく指導してやれるかどうかというのは難しいところです。
それを許容することでチームが負ける事だって大いにありえるわけですから。
おそらく自分のチームに対するスタンス、それをしっかり持たなきゃならんわけですね。
その場その場の感情で右往左往してしまいがちですから。

あ、そうか。
その感情の右往左往を自分でいかにコントロールできるかが、独創に繋がっていくのかな、もしかして。

いや、でもどーかなー。
難しいな やっぱり。

皆さんの意見求む です。



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May 21, 2008

独創ってなんだ?5

その昔、千利休が「守破離」という言葉を残しているらしい。
まず基準を守ること。そして最後に壊してみて、離してみる。それが独創だ ということらしい。
住宅で言うと、住宅として必要とされている項目はまずしっかりやる。その上でそれを壊して、常識から離していくと独創的になるということでしょう。
やっぱりまずは遵守するということなのだろうか。
先ほどまでの話とはちょっと外れて、独創で社会に認められるという前提での話です。現実的に自分自身が考える独創も「社会に認めさせる独創」です。
そのためには、まずは従うことから始まる・・・と。
でも、発想はきっと逆の論理でしょう。
常識からはまったく外れた事について 思いつく。そして、それを世間に理解させるために基本や常識を学び、思いついたことを成り立たせる材料にする。
つまり、順序は関係ないということ。




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May 20, 2008

独創ってなんだ?4

教育の議論などで「個性を尊重しよう!」と簡単に言われているけれども、そこにはすべての方向での個性に対しては言われていないんです。
本当に個性を尊重するのならば、自分の気に入らないことを考えている人間に対しても許容しなければならないわけで、多分僕にはできないことです。
僕は、自分に都合のよい方向での個性しか尊重できないし、自分の都合は自分の得た知識と経験からしかでてこない。

僕はなにを言いたいのかというと、
新しいスタンダードは、現在の独創から生まれる。だから、独創を育むことが次の時代へ進むべきことである。しかし、全ての方向での独創を許容することができるのだろうか。さらには、短い時間で結果を求められる状態で独創は育まれるのだろうか。
全ての方向ということは、その中には現在の社会をぶっ壊してしまうような、反社会的なものもあるかもしれない。しかしそれがある時期を境に社会にとってすばらしいものに変わるかもしれない。
じゃあそもそも社会的によいものとはなんなんだ。

そう考えて訳がわからなくなってしまってしまった・・・。




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May 19, 2008

独創ってなんだ?3

独創が認められるかはじかれるかは、すべては「社会生活」という前提があって決められることであって、しかも時間が短かったり長かったりします。独創と一言でいっても、すぐに社会に認められるもの、今の社会では笑い飛ばされるが後の社会では認められるもの、逆に過去の社会では認められるが現在の社会では許されないもの、・・・。
そういうもの全てが独創であって、なんか善の雰囲気が濃いものだけが独創 と認識されることはおかしいなと思うんです。悪であると判断されるものだって、それは同じ独創なんです。
そして、その判断は社会に認められるかどうかという部分と、それを人間レベルに落とし込めば、好きか嫌いかという判断で見られるわけです。
だから、個性についての論議があると、そこに好き嫌いでの判断がでてきて結局1方向だけの個性が個性とみなされて、それ以外の方向への個性は認められん!となっちゃうわけなんです。
そのへんが独創や個性に対する認識として、僕が違和感をもっている部分です。





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